お客様はなぜクリーニングに出すのでしょう…きれいにしたいからですか?いえ、それは違います
(本日は、ルート外交マニュアル・続きです)
「いえ、これは売ってはいません」
「売っていない?」
「これは、誰でも無料で入手できます」
「誰でも? 無料ですか?」
「ええ。これは市役所の資料室にある資料です。誰でも閲覧可能ですし、コピーを取るのも自由です。それに貸出もできるのです」
「そうなのですか!」
「そうなのです。ですからこれは貸出を受けて、町のコピーショップでコピーを取り、製本してもらったものです」
「こちらは?」
「これは、朝日新聞社から出ている「民力」ですが、ここにかなり詳しくその地域の色々なデータが整理されて載っています」
「これで商圏と仮定した所の質を調べればいいのですね」
「そうです。ま、幸二君ひとりがおこなう外交であれば、それほど詳しく調べる必要はないですが、将来には組織化する夢を持っているのなら、その時には必要になります。マーケットの質がこれで分かるのですからね」
★ルートの決定
「さて、商圏が決まると、そこを何ルートでカバーするのか決めなければなりません。もちろん先ほど計算した売上目標に必要なお客様の数を、そのルートで回ることになるのですから、いくらでもいいとは限りませんが」
「売上を多くするには、お客様の数を多くすればいいのですから、ルート数を多くすればお客様が増えるのですから、ルート数は多くする方がいいのではないですか?」
「それはそうですが、この「ルート」とは何かをちょっと考えてみて下さい。このルートは1週間を基準に考えなければなりません。というのは、この「ルート数」を言い換えれば、週に何回お客様の所にお伺いするかということになるのです」
「何回お伺いするか、ですか?」
「そうです。ルート数は言い換えれば週に何回訪問するかということと同じなのです。かりに、週2回お伺いするのであれば、3ルートになりますし、3回お伺いするのであれば、2ルートです。週に1回のお伺いであれば、6ルートあるわけです」
「要するに、月・木、火・金、水・土の3ルート訪問か、月・水・金、火・木・土の2ルート訪問か、毎日違ったルートを回る6ルートか、極端な毎日訪問する1ルートかの、この四つの中からの選択ということですね」
「基本的にはそうです。もちろんそのルートの中で、週に1回の訪問でいいお客様もおられますし、逆に業務服で毎日行かなければならないお客様もおられます。でも、基本的にはこの4パターンの中からの選択になります」
「この1週間単位で、ルート数を決めるのだから、1週間が1単位ということですね」
「その通りです」
「ということは、この1単位にせめて一回はクリーニングを出して頂きたいので、このお客様を、固定客と呼んだのですね」
幸二は、かなり理解できていた。
「そうです。よく理解できましたね。そして、どのルート数にするかを決める為には、現在のお客様のクリーニングに出す頻度と売上目標に必要なお客様の数とを考えて決めなければなりません」
「どのルート数がいいのでしょうか?」
「その前に、お客様がクリーニングに出す頻度のことを考えてみて下さい」
「クリーニングに出す頻度ですか?」
「そうです。分かりやすくするために、言葉を変えてみましょう。お客様はどうしてクリーニングにだすのでしょうか?」
「ん?」
幸二はよけいに分からなくなってきた。どうしてクリーニングに出すのか?これは決まりきっている。きれいにしたいからだが、それでは当たり前すぎる。藤川が尋ねているからには、きっと別の理由があるに違いない。そう思って少し考えたが別の理由は思いつかなかった。
「きれいにしたいからでしょう?」
幸二は不安げに答えた。
「そうです。ですが、それが答えではありません」
「合っているが、答えではない?」
幸二は、やっぱりと、思いながらも混乱してきた。
「幸二君、心配しないで下さい。おそらくこの問いかけをお客様におこなっても、殆どの方が幸二君と同じ答えを出します。それほど当たり前すぎてお客様自身はもちろん、我々クリーニング業者も見落としていることですから」
藤川は続けた。
「何故クリーニングに出すのか?この答えは、その服をもう一度着たいからですよ」
「あ!」
なるほど言われてみればその通りである。着用しない服をクリーニングに出すわけが無い。でも、意外と気づかないことである。
「この最も基本的なことを我々クリーニング業者は、最近見落としがちです。しみをいかに取るかとか、プレスがどうかとか、その方向に偏りすぎてこの基本的な事をないがしろにしているとまでは言いませんが、大切にはしていないように思えてなりません。要は、汚れを落して、しみを抜き、しわを伸ばして、付けるべき線を付ける。でもこれだけでもう一度着られる服ばかりではありません。裾が落ちていれば、そのパンツやスカートは着られませんし、ファスナーのホックが壊れていればもちろんその服は着られません。もちろんボタンが無ければ着られるわけがないのです。誰かが言っていましたが、最近のクリーニング店は「お風呂屋さん」であって、「お医者さん」にはなっていないと言っていました。まったくその通りです。今のお客様が望んでいるのは、その服のメンテナンスなのです。ここを見落とせばお客様に支持されるはずがありません。これだけが原因とはいいませんが、最近の売上の低迷はこの事も重要な要因なのです」
中山社長は、はっとした。これは別に外交だけの話ではない。店でも同じである。考えてみれば昔のクリーニング店では皆当たり前の事のようにおこなっていた事だった。それはひとえに、その服でお客様の顔が浮かんできたからであった。それほどお客様との距離は近かったのである。いつのまにか、お客様と服とが別々になって、お客様との距離が遠くになったように思えてきた。外交は考えてみれば、お客様と一対一で向き合うことである。この昔と同じ気持ちで接しないことには、お客様の支持は得られないことに改めて気づいたのだった。
「なるほどな…」
中山社長がつぶやいた。
「さて、ちょっと脱線しましたが、お客様のクリーニングに出す頻度とは、その服が何時までに必要かを合わせて考えなければなりません。クリーニングは預かるばかりではなく、お届けしなければならないのですから」
「ということは、3ルートの場合は、2回訪問ですから、中2日であり、2ルートの場合は、3回訪問ですから中1日、6ルートでしたら、なんと中6日ということですね」
「そうです。その上で、必要顧客数との関係も考えなければなりません。さきほどの例を見て計算してみて下さい」
(明日もお楽しみに)
ルート外交マニュアル〈最終完結版〉 2005/12/01 (2005年12月01日発売) | 【Fujisan.co.jp】の雑誌・定期購読