娘に尋ねられ言葉を詰まらせた自分…『トウサンのお仕事なあに?』
いま、幼稚園の年中になる娘が
「お父さんの仕事ってなあに?」と尋ねてきます。
私は
「クリーニングの新聞をつくることだよ!」と答えると
「わたし、大きくなったらクリーニングになる」(笑)といい、アイロンのおもちゃを手に持ち、テーブルの上で自分のTシャツにアイロンをあててます。
子は親を見て育つといいますが
『トウサン、トウサンのお仕事ってなあに?』
この言葉が筆者の人生を大きく変えることになったのは
間違いなさそうです。
小笠原氏自身が実際に経験した話です。
お楽しみください。
第1話 誇り(プライド)
好きですか?
あなたはクリーニング店の仕事、カウンターの仕事が好きですか?
世のなかには見ると聞く、するとされるでは大ちがいのことがたくさんあります。クリーニング店の仕事はその最たるものかも知れません。カウンターの女性にクリーニング店の仕事を選んだ理由を尋ねると、ほとんどの方が『だってラクそうに見えたんですもの』そう本音で答えてくれます。
お客様の立場でカウンターの外から見ていたとき。実際にスタッフとしてカウンターの内(なか)で働くようになったとき。たったひとつのカウンターをはさんだ内と外、これほどちがった体験をする仕事はクリーニング店ならではです。見ると聞く、するとされるでは大ちがい。誰れにでもできる簡単でラクな仕事でしたか。
いま苦笑されたあなたも経験したことでしたね。
ありがとうございます。
カウンターのあなたに感謝申し上げます。逃げなかったこと、放り出さなかったこと、諦めなかったこと。なによりカウンターに立ち続けてくださることに。
いつも思っています。
カウンターのあなたがどんな気もち、どんな思いで仕事をしてくださっているのか。なにがあなたをカウンターに立ち続けさせていてくれるのだろうと。
責任感
義務感
使命感
あなたの肩はいろんなものでいっぱいですね坐眉の重荷をちょっと降ろしてみてください。
そう、大きく深呼吸して、あなたご自身の心に訊(たず)ねてください。
『この仕事が好きだろうか?』と。
とうさんのお仕事
保育園にいっている娘が私に聞きました。
『トウサン、トウサンのお仕事ってなあに?』15年以上前のことです。
『………』すぐに答えることができませんでした。真っすぐな娘の視線が心に痛く、目をそらせていました。
私が三十歳をいくばくか過ぎ、異業種からクリーニング店に入社させていただいてから半年ほどのころです。朝から夜まで集中工場で作業をしていました。
仕分け、検品、前処理、ハンガーアップ。手にする衣服衣類はどれも汚れ物、汚いモノにしか見えませんでした。家人のつくってくれたお弁当を食べる前には、何度も何度も石鹸で手を洗い直しました。
『トウサンのお仕事ってなあに?』、娘のあどけない質問から半年がたとうとしていたころです。工場内作業と併せてクレーム対応が役割になっていました。お客様のご自宅を訪問するときに、ロッカーからネクタイとスーツを出す機会が増えました。全店のクレーム対応。お客様の誤解に対する説明、お詫び、弁償のお願いなどの日々です。
そんな毎日のなかで、自分が変わってきたことに気がつきました。お客様と直接お会いし、お客様の言葉を直接うかがう中で教えられたことです。
私たちの信条
お客様の衣服には
お客様の「人生の物語り」があることを
私たちは知っています。
お客様の衣服には
かけがえのない「人生の思い出」がこめられていることも知っています。
いつまでも「人生の物語り」という名のお客様の衣服をたいせつに…
私たちの変らぬ願いです。
この信条は私の体験であり、経験です。なにより親の形見というお品を不明品にしてしまったときの辛さは、いまも忘れることができません。工場の仕分け場には、もう汚れ物。汚いモノは無くなっていました。どの衣服、どの衣類ひとつを手にとっても、かけがえのないお品でありお客様の人生の物語りの主人公であることを教えられたからです。
娘の質問から一年がたとうとしていました。娘に目線を合せ、瞳をのぞきこみながら、 『トウサンね、トウサンのお仕事、クリーニング屋さんだよ。お客様のお洋服をキレイに元気にしてあげるお仕事だよ。』
娘の瞳のなかに笑顔の私が映っていました。
続きがあります。それからが大変でした。工場とお店の仕事を終え帰宅後、娘が起きているときは必ずクリーニング屋さんゴッコです。休日は朝からクリーニング屋さんゴッコでした。私も燃えました。保育園の娘にカウンターセールスの基本を教えました。接客用語も覚えさせました。彼女はいまなにひとつ覚えていません。
作業と仕事
集中工場のなかで私がしていたことは作業でした。作業に求められることは、正確性と迅速性だけです。反復でありリピート、くりかえしなのです。
作業を好きになること、作業に誇りプライドをもつことは、とてもむずかしいことです。好きになるためには作業を仕事に変えなければいけません。プロと呼ばれる人は必ず仕事をしています。作業は誰れにでもできますが、仕事はその人にしかできないのです。職人という世界にあっても、「職」は仕事を意味しています。
カウンターのあなたも二人います。作業している人と仕事をしている人です。カウンターの外側からとてもラクに見えていたのは、ヒマなときの作業をながめていたからです。
お客様のお品を預かって返すのは作業でしかありません。お待たせしないことも、あたりまえの作業です。カウンターのあなたの「仕事」は、お客様のお役にたち、お客様の心を満たすことですね。お客様を嬉しく、楽しく、気もち良くしてさしあげることが、カウンターでの仕事です。作業が仕事に変わると好きになれます。仕事をするとあなたの心に誇り、プライドが生れ育ちます。
好きだから
数えてみましょう。あなたのまわりの人、例えば親戚友人ご近所。身近な人たちの何人があなたのお店の、あなたの会社のお客様でしょうか。
あなたがクリーニングの仕事が好きなら、あなたのお店あなたの会社が好きなら、なにより身近な人をお得意様にできますね。
あなたがあなたの仕事・お店・会社にプライド、誇りをもっているなら、どんな場面で出会った誰れにでも、『ぜひ一度ご来店くださいね』、この言葉が渡せるはずです。パートという立場でも同じです。パートさんで多くのクリーニング店は成り立っているんですから。
好きになることから始めましょう。そして身近な人からはじめましょう。パートであっても名刺をつくってもらいなさい。
あなたの出会う全ての人をあなたのお得意様に。
心から願っています。
(第1話 誇り(プライド) 終)
休みの日の度の娘さんとのクリーニング屋さんゴッコ…疲れますが何よりも嬉しい瞬間ですね。
好きになりましょうよ!
クリーニングという仕事を!
そしてプライドを持ちましょうよ
トウサンの仕事を
そして笑顔で語りましょう
子どもたちと仕事のことを。
(明日もお楽しみに)
出典:小笠原範光 著・心に響くカウンターセールス2(ゼンドラ出版)
定価2880円(本体2667円)