お客様から預かる洋服には、一枚一枚すべて物語があります!
洋服にはそれぞれの価値があります。高いものから安いものまで、色々なものがありますが、クリーニングに出てくるお洋服の価値は値段では決められません。
ほら!あのお洋服も、このお洋服も、クリーニングの作業場でみんなおしゃべりしていますよ。
どんな会話なのでしょうかね。
第一話 ★お客様の物語に感動したい★
お客様からお預かりする衣服には、「物語」があることをご存じですか?
そうです、いまお店でカウンターに立っているあなたに、おたずねしています。繁忙期ですから、受付も大忙しですね。数や量をこなさなくてはいけません。なにより、お客様を待たせるわけにもいきませんから。昨夜もタック付けが終わったのは、夜十時をすぎていました。疲れていますね。本当にごくろうさま。
でもちょっとだけ手を止めて、あなたがお客様からお預かりした衣類に耳をかたむけていただけませんか。
そう、なにか聞こえてきませんか?
ほらっ、鈴木さんのお嬢さんの、赤いウールのコートが話はじめていますよ。
『わたし、彼女の初めての冬のボーナスで買ってもらったの。そしてクリスマスのデートにも着てもらったわ。彼女、最高に幸せそうだった。わたしを着ると、心まで暖かくなるって喜んでくれるわ。』
山田さんのご主人が、わざわざご自分でだしにきたマフラーが口をはさんできました。
『ボクはね、山田さんの娘さん、中学1年の友子ちゃんから、お父さんのお誕生日にってプレゼントされたんだ。山田さんたら、雨が降ってきたり煙草を吸う時に、わざわざボクをはずして、コートのポケットに入れてるんだぜ。そしてボクのことギュッて握りしめるんだ。
田中さんのセーターもしゃべりだしました。
『ワタシワ、ガイコクウマレデス。タナカサンノ、パパサンガ、アメリカニイッタトキ、オクサンノオミヤゲニカワレマシタ。ハジメテオクサンガ、ホメテクレタソウデス。』
佐藤さんの礼服が泣いているように聞こえてきます。
『いいな、みんなには幸せな物語があって。私ワネ、このところ不幸続きでさ。親戚や友人、ご近所のお葬式ばかりが出番さね。昔はあったよ。結婚式っていう晴れやかなのも。同じ袖を通してもらうなら、アタシャ御祝儀だけで終わりたかったね。』
その時、
『オホホホ、なによ貧乏臭い。ワタクシはシャネルよ。横浜そごうの特選シャネルブティックで、30万円もしたのよ。この上下のスーツで、あなたワタクシはサンジュウマンエンでございますことよ。みなさん、いったいおいくらでしたこと?』
シャネルスーッさんのお言葉でした。山田さんのマフラーがシャネルスーツに答えました。
『ボクはスーパーで1980円だったよ。でもね、ボクらのプライドは店先の値札ではないんだよ。ご主人とどんな人生をすごし、どんな物語りに参加できたかなんだ。』
『シャネルさんは援助交際のお金で買ってもらったそうね。あなたはいま、水商売のユニホームなんでしよ。それで幸せ?』
たずねたのは鈴木さんの赤いコートでした。いままで、じっと黙っていた和服がはじめて口を開きました。
『私は私がいくらだったのか、遠い昔のことで覚えていません。ただ私のことを親の形見と呼んでもらい、何年も何年も大切にしていただいています。』
ともすれば、なにも聞こえずなにも見えなくなってしまいます。春はそんな仕事の季節です。忙しければ忙しいほど、お預かりする衣服は単なるクリーニング対象品というものになってしまいます。ですが、私たちがお客様から手渡されるのは、お客様お一人お一人の「人生の物語」と呼んでいいのです。
新しいもの・古いもの・男もの・女もの、季節の流れで演じる出演者も、春・夏・秋・冬それぞれに変わってゆきます。
クリーニングのお店は、さながら人生のブロードウェイです。お客様の喜び・悲しみ、希望・失意、そういった人生という物語を様々に彩った、衣装たちの語らいの舞台です。
カウンターのあなたの仕事は、衣装たちの物語に耳をかたむけ、はげまし点検してあげることです。そしてまた衣装たちが、ご主人と人生の新しい物語を創れるように、応援しながら送り出してあげることなのです。
お客様の物語に感動したい。それが私の店の願い、それが私の店のありかたです。私がお預かりするのは、衣服という名のお客様の物語なのですから。
(お客様の物語に感動したい 終)
明日もお楽しみに
出典:小笠原範光 著・心に響くカウンターセールス(ゼンドラ出版)
定価2880円(本体2667円)