ZENDORA BOOKS BLOG

とってもとってもニッチな会社!クリーニングの業界出版社・ゼンドラ株式会社より発行しております、書籍紹介のブログです。クリーニング店の皆様だけでなく、どなたでもお読みいただける内容をまとめておりますので、ぜひとも気軽に読んで楽しんでくださいね。

どちらがコートを脱がすことができるのか?「安売り」vs「思いやり」

価格・料金だけがすべてではありません。

 

中期・長期に繁盛した「安売り」は全ての業種においてありません。なにより歴史の証明する事実です。。。とあります

 

大手流通業を見ていても、つくづく思います。あのダイエーが消えてしまう時代ですから。短期ではなく中長期で見事滅びましたね。

 

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第2話 衣心伝心

北風と太陽(イソップの寓話より)

 

もうすぐ春がきます。


「安売り」は得意そうに半額セールを吹きつけました。近所のクリーニング屋さんは驚き慌て。お店の人たちも「これじゃあ、お客さんみんな取られてしまう。」とあきらめ顔になりました。

 

『ワッハハハ……どこの店もうちにはかなうまい。この業界で一番,なのは安売りだ!』

すると「思いやり」が静かに言いました。

『ええ。あなたの力は確かにすごい。でも一番とは思わないわ。』

『なにを女が!じゃあ力くらべだ!』

 

ちょうど商店街をコートを着た女性が歩いてくるのが見えました。

『あの女性のコートを脱がしてとったほうが勝ちだ。』

『ええ。あなたから始めていいわよ』「思いやり」が答えます。

 

5割引!半額セール!

「安売り」は女性のコートを脱がせようと、大幅割引きを吹きつけます。
すると女性は立ち止まり、「安売り店」に目を向けました。ところがコートを脱ぐどころか顔をしかめ、襟を立ててしまいました。慌てた「安売り店」は増々強く吹きつけます。

 

ドライ品全品¥100円!!¥100円クリーニング!!

 

女性はコートを自分の手で触れ、確かめている様子です。首を2〜3回横に振って、歩きだしてしまいました。

 

『こんどは私の番よ』「思いやり」が笑顔でコートの女性に声をかけました。

 

『照井さん、こんにちは。ずいぶん春めいてきましたね。そうそう、照井さんのいまお召しになっているコート、デリケートな素材ですので、早目にお手入れなさってくださいね。とってもお似合いだから大切になさってね』

 

「思いやり」の言葉に女性が笑顔になりました。

 

『こないだ葉書をいただいてありがとう。いつも気づかってもらって嬉しいわ。そう、今年はとっても春が早いし、もうコートを着る陽気じゃないみたいね。このコートお願いするわね』

 

女性はコートを脱いで「思いやり」に手渡しました。
『おまかせいただいてありがとうございます。ていねいにお手入れさせていただきます。アラッ、この二番目のボタン少しゆるんでいるみたい。きちんと留め直しておきますね。』

 

「思いやり」はそう言葉を添え、真っ白い包布でていねいに照井さんのコートを包みました。

 

 

それを見ていた「安売り」がポツとつぶやきました。
『この商売、お金より大切なものがあるかもしれない……』

 


「料金」を売る店

 

『他店より1円でも高いクリーニング料金があれはお知らせください。差額を返金いたします。』

こんな時代がくるのでしょうか……。家電量販店のチラシに舞っている文句です。

 

『他店より1円でも高かったらお知らせください。』
いつのまにか、商売は商品を売るのではなく「料金」「価格」を売る時代になってしまったようです。

 

ワイシャツが¥98円だから出してください。ズボンが¥100円だから、うちにもってらっしゃい。ドライクリーニングの¥100円ショップです。値段・料金だけを売るクリーニング店にちがいありません。

 

『安いから当店を選んでください。』
『この料金だから出してください。』

 

くり返します。売っているものは『安い』という料金だけなんです。

 

あなたは「牛井¥250円」「ハンバーガー半額」という看板を見た結果として、おなかがすきますか。¥250円、半額という料金・価格が直接あなたのおなかをすかせる、食欲を刺激する力になりますか?

 

私たちクリーニングの商売で考えるなら、ワイシャツの料金が¥50円だからといって一日に2回、3回とワイシャツを着替えるお客様がいるでしょうか。スラックスが¥100円だからといって毎日同じスラックスをクリーニング店にだすお客様がいるでしょうか。料金・値段を売る商売は必ず本質を見失ってゆきます。

 

お客様が求めるものは価値にちがいありません。価値は品質と人質(にんしつ)によって形づくられます。あなたご自身の接客応対がクリーニングという商売では、なによりの価値-人質(にんしつ)なのです。いたずらな差別化としての「安さ」で、お客様という人の心は満たせません。安いもの、安い店、安さだけを頼りに売っている人はすぐに飽きられてしまいます。

 

お客様は「料金」が欲しいのでしょうか。「低料金」がすべてに勝る力なのでしょうか。お客様が求めているものは『価値』なのです。いまの時代にあっては『お得な』『価値』を求めているのです。

 

「安さ」からは売り手と買い手の間に「感動」が生れ、互いにわかち合われることなど決してありません。中期・長期に繁盛した「安売り」は全ての業種においてありません。なにより歴史の証明する事実です。

 

 

衣心伝心
心をあずかる
心で仕上げる
心も伝える

 


いただいた形見のお品

 

石毛雅子さんは22年カウンターに立ち続けています。経営者の妻という立場ですが、終始T店の店長という仕事に専念し、経営には直接関与しません。


あるとき石毛さんが、
『小笠原先生、このお品見ていただけますか。』
そういってシルクのオープンシャッを2枚だしてきました。英国屋製のオーダー品でした。

 

『この仕事をながくしていると、嬉しいこともたくさんありますが、反面、悲しいこと辛(つら)いことも起こってしまいますね。』もの静かないつもの石毛さんの口調です。

 

『二月のことです。内藤様という16年来のお得意様が亡くなられたんです。内藤様はたんに売上の高いお客様というのではなく、私にたくさんのことを教てくれたお客様でした。着道楽でいらっしゃって、お召になるものはほとんど英国屋さんのオーダー品でした。小柄な体格もあったでしょうね。内藤様のおかげで内藤様のお品で、高価なお品の素材、縫製のちがいなどたくさんのことを勉強させていただきました。とてもプライドの強いかたで、内藤様が私を育ててくれたのかもしれません。この10年はなにもおっしゃらずにお召しになるもの全てをまかせていただいていました。そんなお客様とのお別れって、肉親を亡くしたようで辛いですね。』

 

両手にのせたシルクのオープンシャッを見つめた石毛さんの言葉です。

 

お通夜は冷え込んだ寒い夜でした。社長と二人でお焼香させていただきました。翌日、出棺のおりには霊枢車が見えなくなるまで、両手を合わせてご冥福をお祈りしました。

 

お葬式が終って数日、初七日を過ぎたころでしょうか。内藤様の奥様が店にいらっしゃいました。カウンターのうえに風呂敷包みをおかれて、ていねいにほどかれました。

 

『石毛さん。これ主人が気に入っていたオープンシャッなの。よかったら主人の形見にもらっていただけませんか。主人もそうしたいと思うの。主人のことわかっていてくれたのあなただから。』

 

そうおっしゃったそうです。石毛さんは顔を上げられませんでした。


『ありがとうございます。大切にさせていただきます。』
そう申し上げるのが精一杯でした。広げられた風呂敷に涙の跡が残りました。

 

内藤様のシルクのオープンシャツを石毛さんはなにより大切にしています。
内藤様は人生をわかち合ったかけがえのないお客様として、いまも石毛さんの心のなかで生き続けていらっしゃいます。

 

(第2話 衣心伝心 終)

 

(明日もお楽しみに)

出典:小笠原範光 著・心に響くカウンターセールス2(ゼンドラ出版

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定価2880円(本体2667円)