「大野耐一氏かく語りき」 いまの日本の製造業を、大野耐一氏ならどう考えるのか!
疲弊した国内の生産現場を見て、もしいま大野耐一氏が見たら、なんと言葉を発するのだろうか。
大野耐一氏とは、生産管理で世界的に有名となったトヨタ生産方式(Toyota Production System)の生みの親です。
ダイヤモンド社から発刊されている「トヨタ生産方式-脱規模の経営をめざして-」は、生産現場に携わる人なら誰しも一度は読み・聞きしたことのある、あまりにも有名な一冊。
いまでも私の机に中に大切に保管されれいる同書は、昭和60年発行の第35版でありますが、現在は第何版まで増刷を続けているのだろうか。 とても気になります。
そして同書の中で、ぜひ読んでいただきたい一文がありますので、引用させていただきます。
私は、トヨタ生産方式の発想と展開において、しばしば脱常識とか、逆常識とか、また逆転の発想をしてきたが、要するに経営者も、中間管理職も、生産現場のフォアマンも、また作業者一人一人がみんな、もっと頭を柔軟にはたらかせて仕事と取り組もうと声を大にしていいたいのである。
●古人の柔軟な頭に学ぶ
話は思わぬところに飛ぶが、「納豆」と「豆腐」とは本来の意味からすると、お互い逆なのだそうである。
江戸中期の儒者である荻生徂徠がその使い方をまちがえたのだとか、わざと入れかえたのだとか、諸説がある。
東北や水戸の名産の「なっとう」は、本来は「豆腐」と書くべきである。豆を腐らしてつくるからである。
いま私どもがいっている「とうふ」というのは、「納豆」というのが本来である。豆からつくって四角に納めたものであるからだ。
しかし、「豆が腐った」と書いたのでは、だれも「なっとう」を食べたがらないにちがいないが、「とうふ」ならば、白くてきれいだから、「豆腐」と書いても、だれもまさか豆が腐ったものだとは思わないだろう。ということで、両方を反対にもちいることにしたとかいわれる。
(略)
私自身、日々新たなる決意をもって、硬くなりがちの頭に創造のムチを当てつつ、今日も生産現場を歩くつもりでいる。
この発想力がもし生産現場にあれば、どのような状況がおとずれようとも、なんら恐れることはないはず。今ある状況が常に最悪だと思い、日々努力をしていけば必ず問題解決の道筋が見えてくる。明けない夜はない!こう考えると、おのずと元気が出てきます。
人口減少・人手不足、様々な業種業態で変化が求められていますが、しかし、この柔軟な発想力を持てばきっと、日本の生産現場はまた新たなものを創りだすと確信しています。
弊紙、全ドラでは昭和60年に、この大野耐一氏を招き講演会を行なった。その時の講演録やクリーニング工場視察時の講和より、「大野耐一氏かく語りき」をまとめています。
日本の すべての 製造現場に携わる 方々のために!
今日から不定期で、この大野耐一氏が述べた語録を掲載していこうと思います。クリーニング業でのお話でありますが、どの製造現場にも当てはまる内容だと思います。
(若干長文ですが、よろしければお付き合いください)
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「大野耐一氏かく語りき」(全19話)
第1話 意外でしたね。クリーニング屋さんがトヨタ方式に取り組むとは。
数年前になりますか、始めてクリーニング業界の方が私共のところへ来られたのですが、その時「トヨタ方式」をクリーニングでやって、非常に業績が回復してきた、良くなったという話しを聞いて、私もちょっとびっくりしたんです。前々から私自身も、「トヨタ方式というのは、中小企業向けのものの作り方なんだ」、あるいは「業種は問わんのだ」などということを常々言っておったんですが、実際にやれるかどうかは、まあ正直わからんかったですからね(笑)。
それともうひとつびっくりしたのは、クリーニングの皆さんは、同業者どうしで一生懸命勉強して、お互いの業績をあげようとしておられるんですね。普通まあこういうことをやるというと、大抵「同業者には内緒にしてもらいたい」というようなことがあるんですが、このような話しは初めてだったんです。こっちとしても「変った業種だなあ」と(笑)。
日本人というのはやっぱり競争心が強いんでね。しかも互いに、全体として仕事が減っておる中で、普通なら「なんとか他を押さえても、自分のところは良くしよう」となるんですが、その減っていく仕事の中で同業者どうしで利益をあげ、企業を良くしていこうと考えられるというのは、非常に敬服しておるんです。
自動車で言いますと、トヨタ、日産なんていうのはもう、昔から一生懸命競争しておるんでね。「日産がこういうのを出しておる」というと、「じゃあ、うちも出さにゃならん」ちなある。「日産がいくら売っておる」というと、「うちもいくらで売らにゃいかん」とかね。シェアの競争ですよ。
で、よそより優位に立とうということで、お互いがそれぞれ生産性を上げる勉強しといて、実際にはかえってお客さんに値段をたたかれる、なんていうことが非常に多いんじゃないんでしょうか。
で、その時来られた皆さんが、クリーニング業界に「トヨタ方式」を広めたいということで、その後「クリーン忍術心得帖」という良い本を出されましたが、伊賀上野でやっておられる葛原さんや甲賀の方でやっておられる桔梗屋さんが一緒に来られた時に、「こりゃあもう忍者の故郷じゃないか、伊賀・甲賀といえば忍者の発祥の地じゃないか」ということになって、本のタイトルも「忍術」ってつけたらええぞ、というようなことを言っておったんですが。
その本が出版されて何冊かもらったもんですから、ウチの会社の連中にも「良く読んどけ」っていって渡したんですが、マンガが多いせいか「こんな物」と思ったのかバカにして読もうとせんのですね。ですから「マンガと思ってバカにしとるかもしれんけど、お前んとこの現場はあのマンガに書いてある『金太郎飴』のように、いつも一定に物ができるような作り方ができとるのか」って言ったんですけれども。
それから忍術ということでいうと、私は以前から、まあ本場の人に言わしちゃどうか分かりませんが、この忍術というものに非常に興味をもっておりましてね。
で、この「忍術」の「術」という字は本当にうまくできておって、「行う」という字の中に「求める」という字が入っておる。つまり実行が要求されておるんだ、理屈じゃない、議論じゃないんだ、やるっていうことが一番大事なんだということなんですね。
この「トヨタ方式」ということでいうと、何でも反対のことをやる。これを議論のタネにしかすぎんのでしょうが、我々のやっておるのはこの「術」なんだと、「やってみなきゃ何も分からんのだ」ということでやっておるのです。ですから、この「術」ということが、非常に大事になってくる。
それから「行う」ということも、実行するとか行動するとかいうように解釈できるし、これが段々厳しいものになってくると「行を積む」という時の「行」というようになる。この「行」が要求されるようになると、これは一人前じゃないでしょうか。
第2話 トヨタ方式というのは、中小企業向けの物の作り方なんですよ。
「トヨタ生産方式」というのが世間で知られるようになったのは、ちょうど第一次石油ショックがあった、昭和四十八年の暮れだったんですけれども、どこもちょっと業績が上らんかった時に、トヨタだけは業績が引き続いて上っておったというようなことから、世間で騒がれるようになったわけなんです。しかし、実はいつごろからやっておったかというと、ちょうど戦争が済んですぐのころ、昭和二十年の暮ごろからやってきたわけなんです。
で、たまたま世間で言われるようになったのが、トヨタ自動車が相当大きくなっておったころのものですから、「トヨタ方式」というと、大きな企業がやるやり方じゃないだろうかというように受けとめておる人が非常に多く、「トヨタ方式は大企業がやるもんだ」、「われわれ中小企業には、あんなことはやれるわけがない」などと思っとったようです。
しかし私共が「トヨタ方式」に取り組み始めたころは、本当に中小企業ともいえんぐらいの規模でした。なにしろ、戦争が終ってまだ日本が自動車を作らしてもらえるかどうかわからんていう時に、会社の幹部がGHQなり政府の人に頼んで、ようやくトラックだけは作ってもよろしいということになって、その時にトヨタが作ろうといっておった台数は、月に八百台なんですからね。その当時のアメリカあたりでは、そのぐらいほんの何分かでできてしまう数です。
当時のアメリカの三強といわれたGM、フォード、クライスラーあたりなら、ほんの十分か二十分でできてしまう量を、一ヶ月かかって作ろうというのです。しかも日本の国情を考えると、同じものを作ったってとてもそれだけ売れない。いろんな種類のものを作らんと、当時は買ってもらえんかった。
というわけで、いろんな仕様のクルマ、あるいはいろんな形式のクルマを作ろうということでやっておったんです。
で、実際には一年かかって、アメリカの一日分できるかどうかもわからんような数を、しかもいろんな種類作るなんていったら、ただアメリカの物の作り方をまねしておってはとてもできない。いくら少なくてもアメリカより安く作る方法を考えにゃならん。それにはアメリカと何か反対のことをやらにゃいかんだろうということで、始めたわけなんです。
生産の機械も、当時日本ではアメリカ製のような物を作っておるところもなく。仮りにあっても、日本の生産に合うような」機械に直していかないとだめでした。極端なことをいえば、自分のとこで作らんと、一番いい機械というのは誰も作っちゃくれんのですね。
というわけで、そちらもいろいろ勉強しました。
ですから、「トヨタ方式」というのは、もともと中小企業向けのやり方なんですよ。クリーニング業の皆さんでも、小人数・小規模でやっておられるところと、何階建てなどというように大きな工場をはっておるところがあるようですが、そういうところとはやはり違うやり方をせんと、生き残る道はないんじゃないでしょうか。
(大野耐一氏かく語りき・つづく)
「ニッポンのものづくり」日本の製造業は、中小企業がもつ技術力の結晶であります。大手製造メーカーの業績不振を横目に、必ずしも大儲けしているわけではないが、何とか歯を食いしばり生きています。
文中、大野耐一氏が…
トヨタの幹部連中に読んでおけと指示したにも関わらず、マンガが多いからバカにして読まれなかった…の書籍がこれらです。
頭を柔軟にする!これがいかに大切か。
本書でも随所にそのエッセンスが発揮されております。
迷っているとするならば、原点をふり返ってみてもいい。寄り道するのも悪くないじゃないか。
生産現場が好きな方は書棚にきっとあるはず、大野耐一氏の「トヨタ生産方式」。ちょっと引っ張り出して、再度読んでみてはいかがでしょうか?
次回をお楽しみに♪
出展:伊藤良哉著・クリーン忍術心得帖パート1(ゼンドラ出版)
クリーン忍術心得帖 パート1(復刻版) (2004年06月10日発売) | 【Fujisan.co.jp】の雑誌・定期購読